名もなき詩

塾長のひとりごと
Vol.2
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練り上げる

センター試験で結果の良かった生徒は、「こんなに辛い思いをして勉強するのはもう嫌だ」というくらい勉強していた。

 

 

それに対して、「何とかなるさ」、「一回くらい浪人したっていい」などと甘いことを言っていた生徒たちは何ともならなかった。

 

 

これを鑑みるに、成功する者というのは、直前まで、しかも、極限まで自分を練り上げるのではないかと思える。

 

 

自分を極限まで練り上げるというのは大変な作業である。

 

 

誰だって、ある程度のところまで出来るようになれば、「このくらいでもういいじゃないか」という気持ちになる。

 

 

目標点数が90点だとして、90点取れるようになったら、そこで「目標達成感」を持ってしまうものだ。

 

 

そして、その科目については手を抜き始める。

 

 

しかし、それでは成績を維持することはできない。

 

 

一旦、良くなったといっても未来永劫良くなることを保証されたわけではない。

 

 

だから、それ以上良くする努力を常に怠らないようにしなければならない。

 

 

しかし、それは先程も述べたように簡単ではないのである。

 

 

自分の出来ていないところをえぐり出し、これでもかこれでもかと克服するために練習しつづけることは、自分のプライドを傷つける作業でもある。

 

 

先程の例で言うならば、9割のできているところではなく、残り1割のできていないところをひたすら練習していく作業に他ならない。

 

 

連日連夜、自分の出来ていないところ、自分の弱さを見せつけられるのである。

 

 

どんなに克服しても、次の日にはまた自分の出来ないところと向き合い続けなければならない。

 

 

中途半端なプライドはボロボロになる。

 

 

正に精神戦と言っていい。

 

 

この精神戦に勝利する、つまり、自分にどれだけ勝つことができるかによって大舞台で本領を発揮できるかが決まってくるのである。

 

 

極論かもしれないが、僕は入試に生き方が表れると思っている。

 

 

それまでの人生が入試当日に出るのである。

 

 

みんな、入試の日に向けて努力しているし、そのことはある意味当然だろう。

 

 

入試の日はたった1日かもしれないが、それまで生きてきた自分の生き方の集大成の日でもある。

 

 

自分がどれだけその日のために努力して練り上げてきたのか、どれだけ誠実に目標に対して努力したのかが表れる。

 

 

ならば、その日まで練り上げ続けることを怠ってはならない。

 

 

誰も見ていなくとも、自分だけは知っている。

 

 

その自分自身が、入試本番でどれだけ頼りになるのか証明されるのだ。

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