名もなき詩

塾長のひとりごと
Vol.2
<< October 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
NEW ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
新着記事
MOBILE
qrcode
英単語
music
メルマガ
参加メールアドレス
退会メールアドレス
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
この塾のはじまり(3)
開校して二年目から黒字転換しまして、幸運なことにその後ずっと健全経営しています。


最初の3年間は父親の仕事を手伝っていましたが、4年目に会社を作り独立することを決心しました。


開校当時、多くの友人に相談しましたが、残念ながら一人として塾を開校することに賛成してくれませんでした。


「受験戦争を激化させるつもりか。」


「東京ならともかく、山形ではうまくいくわけない。」


「勉強は自分でやるものだ、塾なんて必要ない。」


私は自分の信念に基づいて「学校教育ではできない何か」を求めて、塾を開くのだと彼らに説明しました。


私の住む天童には、かつて「格知学舎」という塾がありました。


私はその地を訪れ、歴史を知る機会を持つことが出来ました。


偉大な先人がなしとげた人創り・・・自分も格知学舎や松下村塾のような素晴らしい塾を創ってみたい。


そして様々な子ども達の中に眠る才能の開花に協力したい。


それが結局は豊かな街づくり、素晴らしい街づくりにつながるのではないかと考えました。


私は彼らに言いました。


「自分に出来るかどうかはわからないが、最終的に求めているのは受験勉強という題材を用いた子ども達の人間的な成長であり、たとえるなら高校野球の監督のようなものだと思っている。


しかし、学習塾であるから、そのことを表だって目標とするわけではない。


なぜなら『人間的成長を求める塾』と宣伝しても生徒が集まるとも思えないからだ。


ましてや自分自身まだまだ未熟で、どのようにすればそのような塾になるのかもわからない。


だが、自分は一流ではないかもしれないが、一流を目指したいという情熱は誰にも負けないつもりだ。


そして、生徒達と一緒に大人になっていきたいと思う。


一生懸命やっていい塾にするつもりだから、どのような塾になるかは結果を見てから判断してほしい」と。


塾名を「白門ゼミナール」としたのは、学歴主義の最高峰が「赤門」と呼ばれる東大であると考えた場合、それとは別の山を目指していきたいという気持ちからです。


誤解を招くといけませんので説明いたしますが、私は東大を否定しているのではなく、「学力+α」を求めたいと思っているのです。


どんなに優秀な頭脳も使い方を間違えれば、オウム真理教の「地下鉄サリン事件」のようになりかねないからです。


現在、教鞭をとっている講師は全員、うちの塾の卒業生ばかりになりました。


それから数年が経過しましたが、「理想の塾創り」はまだ途中です。


しかし、合格体験談を読むと何人かの生徒達が、「この塾で精神的に成長した」と言ってくれるようになりました。


前出の友人たちも、最近では「君はよくやっている」「自分の子どもを頼みたい」とみんな肯定的に変わってきてくれるようになりました。

(おわり)