名もなき詩

塾長のひとりごと
Vol.2
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塾生が青山学院大学経済学部に合格しました!!!
おめでとう!!!
平成29年度山形県公立高校入試倍率

山形東 1.22

山形西 1.04

山形南 1.35

山形南理数 1.26

山形北 1.21

山形中央 1.52

寒河江 1.22

東桜  1.19

山辺看護 1.64 

詳しくはこちら

塾生が法政大学理工学部に合格しました!!!
おめでとう!!!
チラシ折り込み予定日
2月27日月曜と、3月6日月曜に折り込む予定です。 興味のある方は新聞の折り込みチラシをご覧ください。
ある電話

浪人しているある卒塾生が私立の医学部に合格したと連絡をくれた。

 

 

大変な努力をしていたことを知っているので、とてもうれしい。

 

 

本当におめでとう、努力が報われたね。

 

 

国立大も残っているので頑張ってほしい。

塾生が高等工科学校に合格しました!!!(2年連続)
おめでとう!!!
塾生が保険医療大学に合格しました!!!(2人目)
おめでとう!!!
予備校部
そろそろチラシを作らねばならない時期に来た。


そこで、あれこれ思い悩むのであるが、一番困るのは、今年始めた予備校部のことである。


何しろ、予備校部の募集をするということは浪人を集めるということであり、なんとなく間もなく二次試験を迎える現役生に対して申し訳ないような、そんな微妙な気持ちになるのである。


「そんなことはない」と自分に言い聞かせながらチラシ作りを進めてはいる。


今年の予備校部はセンターでの平均が現役時代よりも100点以上伸びた。


しかし、まだ受験結果が分かったわけではない。


その状況で見込みで募集を進めていかねばならないし、春のチラシはタイミング的に国立大の二次試験の結果が判明する前に折り込みしなければならない。


だから非常にやりにくい。


ホームページを活用してネットでの告知を頻繁にやるべきではないだろうか、と自問自答してみる。


そんな中、予備校部の生徒たちとカレー(←僕が作った。)を食べながら、予備校部はどうだったか、どんな風に予備校部を変えていくべきか、尋ねてみた。


すると、いろいろ参考になる意見を出してくれた。


新年度の予備校部は、土台の弱い子と難関大を目指す子には別ルートで授業をするか課題を出そうかと思う。


センターの過去問解説を夏休み前の土台づくりに活用しようかとも思う。


このあたりは、思いついたばかりでまだ具体的に煮詰めてはいない。


予備校部の新学期は4月開始予定だが、2月後半から3月前半には告知しなければならない。


悩みの多いこの頃である。
買っちゃった
いわゆるひとつのマッサージチェアを。


高卒生を受け入れるようになって、長時間椅子に座り続けている彼らのために必要かと考えたのだ。


決して自分のためではない。


と言いつつも、使う自分。


まあ、よろしい。


高卒生には好評である。


他の学年に使わせるかどうかについては、今のところ使わせる予定はない。


高卒生と講師を優先したい。

勇気を持て
私は大学時代に合唱をやっていたのですが、大学一年生のときコンサート前はうまくいくかどうか不安な気持ちになりました。


「もし、失敗したらどうしよう」「せっかく友達も来てくれているのにうまくいかなかったらチケット代が無駄になる」などと考えたものです。


そのとき指揮者の先生がこう教えてくれました。


「コンサートとは戦いなんだ。


コンサートとは観客やオーケストラと戦う場所なのだ。」


コンサートとは協力することによって生み出されると考えていた私には驚きの言葉でした。


そして、演奏会の日を迎えたわけですが、結局私はそのときの意味をつかむことができず、客観的に歌ってしまいました。


うまく表現できませんが、音符とかリズムとかいろんなことを考えすぎて歌ってしまったのです。


そのときの演奏会は大成功だったと思います。


後で、演奏会のテープを聴いたのですが、感動して涙がでました。


「自分がさめていた演奏会に感動する」というアイデンティティが喪失するような感覚を味わい、自分が「なぜあのときもっと歌えなかったのだろう」と後悔するはめとなりました。


大学四年のときにその悔しさを晴らすことができたと思います。


私はその演奏会にかけていました。


そのコンサートの成功を心から願い、ともすれば弱気になりがちな自分を奮い起こし、「くじけそうな弱い自分」と戦い続けることができたと思います。


そして、コンサートの日を迎えたとき、演奏会場にいるとき私は悟ったのです。


「失敗なんてありえない。


自分が誘った仲間と、自分が協力し合った仲間と歌い、そして、聴いてくれている観客はすべて私たちが連れてきた観客なのだ。


つまり、自分たちの歌や気持ちを分かろうとしてくれる人たちなのだ。


自分が歌ってきた全てを出したら、それで全てが伝わるのだ。」


「コンサートとはその場のことを指すのではなく、コンサートに至る過程で、どれだけ自分がコンサートしてきたか、その結果が歌になって出るのだ。」


そう、思ったとき心から歌えた気がしたのです。


それは不思議な体験でした。


コンサート会場の人たちの全てが理解できるような、歌っている仲間の気持ちが理解できるような気がしました。


演奏会は成功しました。


みんな私の周りに集まって泣いていました。


私は、「世界中の誰かがこの演奏会を批判したとしても、自分はこの演奏会が誇れる。


なぜなら、演奏会に至る過程での自分の生き方が誇れるから」と思いました。


ずいぶんと長い話になりましたが、私が言いたいのは、テストは結果なのだということです。


自分のそれまでの勉強に対する姿勢が「懸命」であるならば、失敗など気にする必要などないと思うのです。


失敗を恐れるあまり、自分がやってきた「過程」を忘れてしまってはいけません。


普段の力を出せればいいのです。


それ以上など出るはずもありませんし、期待するほうが間違っています。


確かに、平常心を保つのが難しいことは分かります。


でも、ちょっと考えてください。


何のために、勉強してきたのですか?


他人に対して恥じるような勉強をしてきたのですか?


それが分かるなら、堂々と胸を張って受験すればいいのです。


解けない問題を解くことは期待していません。


練習してきたことが出せればいいのです。


その練習を幾度となく積んできたはずです。


顔を上げて勇気を持って立ち向かってください。