名もなき詩

塾長のひとりごと
Vol.2
<< June 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
ARCHIVES
RECENT COMMENT
新着記事
MOBILE
qrcode
英単語
music
メルマガ
参加メールアドレス
退会メールアドレス
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
なぜ勉強するのか?

「なぜ勉強するのか?」というのは最も基本的な問いかけで、さまざま答えがあることだろうと思います。


「高校に合格するため」、


「日本は学歴社会だから頭がよくないと出世できないから」、


「いい大学に入ればいい会社に就職できるから」、


「国民の義務だから」という人もいるでしょう。


実は私自身、「なぜ学ぶのか?」という問題にぶつかり、悩み、さまざまの本を読んだりして答えを見つけようとした時期がありました。


両親や先生に尋ねてみても、「屁理屈言わないで勉強しなさい」と言われるだけで、明確な答えは返ってきませんでした。


そこでとことん考えてみることにしたのです。


その過程で出た最初の答えは「生きるために必要だから」でした。


世の中の人々は必ずしも善人ばかりではありません。


人をだましたり傷つけたり・・・。


そのような弱肉強食の世界で生きていくためには、自分になんらかの武器が必要なのではないかと考えました。


もちろんスポーツができることも武器の一つでしょう。


しかしプロで生きていける人はごく少数であり、自分は勉強して武器を身につけるしかないと考えて勉強してみることにしたのです。


中学生の時でした。




次に、大学受験の時に私は猛勉強をしたのですが、成績が向上すればするほど周りが自分をライバル視するようになり、孤独感を味わったことがありました。


入試が近づくにつれ不安もつのり、とうとう「なぜこのような思いをして勉強するのか」を考えないと勉強が手につかない状態に陥りました。


そこで答えのヒントを探そうとたくさんの本を読みました。


その中で見つけた次の答えが「自分を知りたい」ということでした。


自分は、自分でありながら、自分の思うように感情や意思を操ることができません。


勉強しようと思っても勉強できなかったり、頭ではわかっていても思うような行動をおこすことができない・・・そんな自分を鍛え、見直すために、勉強して大学に行き、さまざまの人の考えに触れてみたいと考えたのです。




そして今、私の中にある答えは「世の中を知りたい」ということです。


人を知り己を知れば、さまざまのことができるように思います。


社会がいまどういう状況で、どんなことが必要とされ、そしてその中で自分が何をすればいいのか、何ができるのかを考えるためには、さまざまの知識や知恵が必要です。




ところで、私が塾の先生として子どもたちに対して「学ぶ理由」としてあげているのは「受験は発達課題である」というものです。


もうすでに存在している受験勉強をどう捉えるかは、もはや個人的な問題です。


「つまらない」と捉えることもできるでしょう。


しかし、考え方ひとつで、これを人間的成長の一つの課題として捉えることもできるはずです。


多くの人は受験勉強を辛く厳しいものと考えていると思います。


私は、その一般的常識を覆し、この受験勉強を通じて子どもたちの精神的な成長を成し遂げたいと考えているわけです。


「自分が精神的に成長した」という実感をもつことは、人間にとって大きな喜びのひとつであると思います。


そのことこそ、かけがえの無い財産として残るのではないかと考えているのです。

長時間勉強のすすめ

人間が本当に集中できる時間は60分間のうち15分くらいだと思います。


しかし、長時間勉強できなければ学力向上は望めません。


私が常々言っているのは一日最低3時間ですが、一日5時間くらいやっている生徒は毎年必ず数名います。


「彼ら」は土日となると朝9時〜夜10時くらいまで勉強しています。


そういう生徒は当然結果もよくなります。


「彼ら」はなぜ5時間以上も勉強できるのでしょうか?


ひとつには意識の面があげられると思います。


「彼ら」は学習意欲が非常に高く、向上心が強いのです。


このような意識の高さは、保護者の方々の考え方の影響があるからだと思います。


例えば「うちの子は長時間集中できない」と考えているお母さんがいたとしましょう。


もちろんこれは冒頭で述べたように事実です。


しかし、「だから5時間勉強できない」ということはありません。


もちろん「5時間勉強して頭に入らない」ということもありません。


理由は後で述べるとして、もし、そういうお母さんがいたとしたら子どもはもちろん「5時間なんて勉強できない」と思い込むことでしょう。


それが先入観というものです。


以前、私は生徒の力量を見て「今このぐらいだからこのくらい伸びるかな」という見通しをたてて教えていました。


しかし、ある時「自分の考える限界が生徒の限界ではないか」と考えて、そのような見通しをたてずに教えるようにしたところ、驚くほど生徒達が成長することがわかりました。


つまり、「親や先生の考える限界=子ども達の限界」ということなのです。


実は子ども達には環境に順応する高い能力と柔軟性が備わっているのです。


ですから、「無理に決まっている」と決めつけずに「やらせてみること」も大切だと思います。


もちろん、新しい環境に対しては慣れるまでにしばらく時間がかかることでしょう、精神的にくじけそうになるかもしれません。


大切なのは、そのときに「やっぱり無理だからやめなさい」と直ぐに結論を出さずに、「簡単にあきらめずに頑張りなさい」と励ませるかどうかということです。


大人は自分を基準に物事を考えますから、自分ができないことは子どももできないと決めつけてしまっている場合があります。


意識の高い生徒達の場合、たいていは保護者の方々も非常に意識が高く、「一度決めたことは簡単にあきらめず、限界をつくらない」という方が多いと思います。


もうひとつは体力です。これはもちろん肉体的な体力もありますが、精神的な体力もあると思います。


部活で鍛えたからといって長時間勉強できるわけではありません。


特に入試問題は、やっかいな難問に出くわすことが多いので、そういう精神的にストレスのたまる問題を長時間やっていけば、ふつうは誰だって嫌になるものなのです。


ところが、「彼ら」は全く気にしません。


それどころか、むしろ難問を楽しむ様子さえあります。


頭がいいからでしょうか?


いいえ、難問を気にしないから頭がいいのです。


私はこれを「鈍感」と呼んでいます。


いろんなことを気にせず「鈍感」であることが、勉強では非常に重要な素質のひとつなのです。


「鈍感」な彼らは時間を気にしません、隣の人が何をしていても気にしません、雪が降っても、雨が降っても気にしません、だから、もちろん、難問は気にしないわけです。


それでは「鈍感」は生まれついてのものなのでしょうか?


私は「鈍感」は養えるものであると考えています。


成績の悪い生徒はコンプレックスを持っている場合があります。


コンプレックスが原因の場合、それを取り払うように指導すると、ほとんどの生徒は成績が向上していきます。


例えば、「私はお兄ちゃんほど頭よくない」という生徒に「君は頭がよくないのではなく勉強していないから結果が出ていないだけだ、お兄ちゃんなんか気にするな」と言っていたら、いつの間にか成績が向上していきました。


また、「英語が嫌いだ」という生徒に「アメリカ人は幼稚園児でも英語ができる。英語は頭ではなく経験で学習できるのだ」と指導したら、中1のとき30点だった英語が入試で90点になりました。(余談ですが、後日、この生徒に「英語は好きか」と尋ねたら「嫌いじゃない」と答えました。)


食わず嫌いの生徒に、とりあえず食べてみてはじめて味がわかると指導するわけです。


たったこれだけで、コンプレックスはしだいに消え去り、「鈍感」になっていくのです。


「鈍感」が育っていくと、しだいにコンプレックスを克服した自分を認識することができるようになり、これがいわば「人間的成長」を実感するのだと思います。


このとき、生徒達はいままでにない喜びを感じ、この喜びをもっと経験したいと思い、もっと困難を克服したいと願うようになるのではないでしょうか。


だから、「彼ら」は難問を楽しむのだと思います。



さらに、目標ということがあげられます。


言うまでもない事ですが、目標が高いからこそ努力しても苦にならないわけです。


ところが、目標に向かうときのエネルギーには2種類あると思っています。


ひとつは、純粋に「看護師になりたい」とか「大学に行きたい」とか自分の将来のために必要な知識を求めるために、高校に行くというエネルギーです。


これを私は「正のエネルギー」と名づけています。


「自分をより高いレベルに引き上げる」という考えが根底にあるわけです。


もうひとつは、「彼氏と同じ学校に行きたい」とか「高校行って遊びたい」とか「制服がかわいい」というような、自分のレベルを向上させることが本来の目的ではない場合です。


これを私は「負のエネルギー」と名づけています。


困ったことに、「負のエネルギー」が強くても勉強はできます。


しかし、見かけ上は一生懸命やっているように見えても、根底に自分をレベルアップするという考えがないので、時間はかけますが成果は思うように出ません。


肉体的な疲労が勉強であると勘違いしているからです。


そして、一般的に「負のエネルギー」の強い人たちは、結果の出ないことを他人のせいにすることが多いようです。


もちろん、入試でもいい結果は得られません。


対して「正のエネルギー」の持ち主は、あとからあとからエネルギーが沸いてきます。


よく「砂漠に水」と言いますが、求めているからこそ、まるで砂漠に水をまくようにたくさんのことをあっという間に吸収できるわけです。


まさに「一をきいて十を知る」状態です。


だから、「彼ら」は長時間勉強しても吸収するエネルギーが沸いてくるわけです。


これが「5時間勉強しても頭に入る」秘訣です。


たいていは、どの生徒も「正のエネルギー」も「負のエネルギー」も持っています。


しかし、「正のエネルギー」が「負のエネルギー」に打ち勝たないと、つまり、自分の中の葛藤に勝利しないと長時間勉強での成果は得られないと思います。


それでは、15分しか集中できないのに、長時間勉強するためにはどうしたらいいのでしょうか?


具体的に考えてみたいと思います。


私は次のことを毎年指導しています。


〃彁擦念纏擦六箸錣塞ず筆算でやること→暗算をすると直ぐに疲れて最後までもたないし、疲れてミスが増えるとやる気がなくなる。


漢字や単語や語句は手で覚えること→とにかく、頭は最小のエネルギー消費量で済ませるためには体を使うことが一番いい。


声を出して覚えるのもよい。


但し、周りに迷惑はかけないように。


J拔するにあたっては、最初に必ず一日の計画をたてること→計画のない勉強は無益。


三日はもっても長くはもたない。


なぜなら、最後は時間との戦いになるのに、最も大切な入試直前の時期に、このくらいやればここまでできるという「計画の読み」を育てることができなくなるから。


ぐ貽のラストに頭の疲れる問題は持ってこないこと→頭が回転しすぎると、冴え過ぎて眠れなくなり翌日に影響の出る場合がある。


ラストは漢字・単語・語句・計算などがよい。


ヌ簑蠅魏鬚ときにダイナミクスをつけること→速く読んだり、遅く読んだり、さっと読んだり、じっくり読んだり。スピードやウェイトに変化をつけて学習するとよい。


スピードやウェイトを自由自在にあやつれるように訓練すると、頭をふだんはあまり使わず、ここぞというときにフル稼働して使うことが可能になる。


κ拔はだらだらやること→長時間勉強には「集中しすぎないこと」が大切な要素。


最初、頑張りすぎるとラストまでもたなくなる。


Г錣らないことは5分で見切りをつけること→こだわりすぎると、頭が疲れるばかりで効果的ではない。


わからないことは質問すればよい。


そのために塾がある。


頭で考えず手で考えること→とくに数学の図形や関数は、問題集の図に頼らずに、自分で図を書く習慣をつけること。


文章はポイントと思ったところに線を引きながら読むこと→とにかく体を使うこと。


なるべく間違えないこと→間違えると疲れるのが早くなる。


そのためには、○つけをこまめに実行すること。


特に新しいところや苦手なところは3〜5問で1回くらいのペースで。


 銑が実践できると、10時間でも可能だと思います。


頭のエネルギー消費量をできるだけ抑えて学習することをおぼえればいいわけです。


これが出来るようになると入試でも効果があると思います。


なぜなら、入試は50分×5科目=4時間10分ですね。


ということは、4時間10分バランスよくエネルギーを使い切る練習が必要なわけです。


実際には、緊張してアドレナリンが出すぎて、前半飛ばしすぎの可能性もあるわけですから、5〜8時間もつスタミナをつけなければ受験では成功しないと思うからです。


いかかでしょうか?


長時間勉強はなぜできるのか?


長時間勉強がなぜ効果的なのか?


おわかりいただけたでしょうか?


さしあたり、以下のことをチェックされてみてはいかがでしょう。


^媼韻箸靴董峺続Α廚鬚發辰討い覆い


◆崙澳供廚どうか


「正のエネルギー」が強いかどうか


これがクリアーできたら、さあ、あなたも「彼ら」の仲間入り。

ポストカード

塾に一枚のポストカードが届いた。

 

 

5〜6年前に教えた子からのものだった。

 

 

当時は小学生だったが、志望高校に合格したとの知らせであった。

 

 

それも日比谷高校に。

 

 

お姉さんも通ってくれていたのだが、そちらは早稲田系列の高校に通っていて、来年早稲田大学に進学するとのことであった。

 

 

陽気な姉妹であったが、元気そうでなりよりである。

 

 

こういう近況を聞くとうれしくなって元気が出る。

 

 

 

 

学習の階層

何年間かの模索の結果、集団で学んでいくことが個人の限界を突破するのに有効であるということがわかってきました。


集団の中では、たいてい「頑張る生徒」が1割、「頑張らない生徒」が1割いて、残りの8割は流れの速いほうについていく「中間層」という構造になっています。


この「頑張る生徒」と「頑張らない生徒」の綱引きで、「頑張る生徒」の力量の成長が、集団に大きなインパクトを与えるのです。


一旦流れができてくると「頑張る生徒」の数が増え始め、「頑張らない生徒」も動かざるを得なくなるという現象がおきてきます。


この状態が出来上がると「勉強が楽しく実りのある状態」になるのです。


それまでは、塾の先生が引っ張っていかねばなりません。


「頑張る生徒」は励まし、「頑張らない生徒」は叱り、「中間層」には目標を与え具体策を講じて、「頑張る生徒」へと変化させねばなりません。


各々の階層における特徴は、おそらく次のようなことであると思います。


【頑張る生徒】

この階層は、ほとんどの生徒が「目標」を持っています。


目標が高く具体的であればあるほど頑張る力が強い傾向があるようです。


つまり「夢」が生徒達を高いところに引き上げてくれるということです。


しかし、残念ながら、同学年でその高い志を理解できる生徒はごく少数であり、けっこう孤独であったり、「ねたみ」の対象になったりします。


「燕雀いづくんぞ鴻鵠の志を知らんや」(つばめやすずめのような小鳥に大きな鳥の気持ちがわからないように、小人物に大人物のひろく大きな気持ちはわからないものだ)ということです。


先頭を走り、目標とされる人間と言うのは、一般の人よりも困難な高い壁をのぼる必要があるので、ストレスもたまりやすいと思います。


したがって、人よりも精神的に「大人」でなければなりません。


未熟な心ではとうていその壁を越えることは困難だからです。


最も良いことは、高いレベルで競うことの出来る「ライバル」や「友人」にめぐり合うことです。



【中間層】


目標があまりはっきりしていないために、自分から積極的に行動することができません。


ですから、困難にぶつかると、すぐに悩んで動けなくなってしまいがちです。


したがって、その場合こまめに励ますことが必要になります。


目標がないので、現場の具体策をすぐ求めたがる傾向があります。


具体策を示すと動くことができるのですが、根本的な解決がなされたわけではないので、しばらく経つとまた悩んで動けなくなります。


そして、周りが本格的に動き出すと、自分もあせって行動し始めるということになります。


一般的にはこの階層の生徒が最も多いです。


「頑張る生徒」へのレベルアップを果たすなら、「目標」をもち勇気をだして行動に移らなければなりません。


【頑張らない生徒】


表面上は真面目であったり、とりあえず言うことはきくのですが、言葉とはうらはらに行動を見ると「頑張っていない」生徒達です。


隠れて怠ける傾向があるので、見つけ出すのに時間がかかります。


うそをつくのも得意なので、「家で勉強した」とか、「わかりました」というのですが、ほとんどあてになりません。


目標も口にするのですが、現実の行動とギャップがありすぎて、言葉に誠実さはみられません。


この階層の生徒は、たいてい「コンプレックス」をもっていて、「どうせやっても無駄だ」、「入れるところならどこでもいい」と心の中では考えています。


しかし、現実に言葉にすると怒られるので、表面上は「目標」を口にするわけです。


したがって、まず「コンプレックス」の解消から始めなくてはなりません。


そして、いやでも実際にやらせなくてはなりません。


「やってみてはじめてわかる」こともあるのです。


そして、実際にやらせてみて良かった場合、「頑張ろう」という気持ちが生まれます。駄目だった場合、「悔しい」という気持ちが生まれるはずです。これが次につながるエネルギーとなります。


ここで大切なのは「やらせるなら、中途半端ではなく徹底的にやらせること」です。


でないと、次につながるエネルギーは絶対に生まれません。


私は「頑張らない生徒」には、時期をみて、必ず一度は徹底的にやらせることにしています。


そこまでやるかというくらいのレベルです。


そうすると必ず、そのときの結果が良くても悪くても勉強する方向を向いてくれます。

高校生の宿題

ご存知のように山形には本格的な予備校はない。

 

 

したがって、高校が予備校化しているのは周知の事実である。

 

 

つまり、高校での受験対策の一環として宿題がたくさん出ているということである。

 

 

宿題がたくさん出ているのは必要悪のようなものであるが、問題なのはその弊害として「自分の弱点補強ができない」ということである。

 

 

例えば、古文が苦手な子がいたとしよう。

 

 

しかし、だからといって古文の宿題が基本的なものだとは限らない。

 

 

発展的な内容の古文が次から次へと出されては、弱点補強する余裕さえつくれない。

 

 

その上、古文が必要でない大学を受験する生徒がいる場合でも、同じように古文が宿題として出される。

 

 

これに至っては、もはや「必要」悪ですらない。

 

 

こういった生徒たちが無意識に宿題に追われる状況を鑑み、僕は塾で独自の宿題を出している。

 

 

それは学校の宿題で足りない部分や、学校の宿題についていけなくなっている部分を補うためのものである。

 

 

しかし、学習時間は限られているので、当然、宿題を出す量も限られている。

 

 

生徒たちには、塾の宿題は学校の宿題をした上で余力のある範囲で実行するようにと言ってはいるのだが。

 

 

正直なところ、宿題はある程度選択制にしてほしいというのが本音である。

 

目標

今週は中3が修学旅行に行くので教室が閑散としている。

 

 

修学旅行に行く前にワークは試験範囲を3回転終えるように指導している。

 

 

これについては、ほぼ完了。

 

 

「ほぼ」というのは、一部試験範囲の出ていない中学があって予想範囲でやっているからである。

 

 

中間テストのない中学もあるので、こちらは中体連前までには3回転以上完了するように伝えている。

 

 

こんなことを言うと何なのだが、たとえ与えられた目標であったとしても具体的な目標はあったほうがよい。

 

 

そういう風に指導しているので、進みの遅い子は残って頑張ったり、宿題を多めにやってきたりする。

 

 

こういった目標がなかったとしたら、おそらくここまで頑張ることはないだろう。

 

 

既にワークが3回転終了した子には、新しい課題を与えている。

 

 

どこまでも練習して、より深く学習した者がよりよい成績を収めることができる。

 

 

そのことは過去の先輩たちを鑑みれば明らかだ。

 

 

テスト勉強をしないでよい点数を取れる子のマネなんかしないでほしい。

 

 

そういう子は、一見勉強していない風を装いつつ陰で勉強しているか、あるいは既に勉強済みであるかの可能性が高い。

 

 

むろん、地頭のよい子も多少はいるだろうが、地頭に頼る子は努力を怠れば才能がより開花することはない。

 

 

そういう才能に恵まれた子と自分を比較すること自体が無駄なことである。

 

 

才能に恵まれてないなら努力してそれを補えばよいだけである。

グー・チョキ・パー体操

年末に足を怪我したことは既にブログに書いた。

 

 

その後、足の具合はよくなったのだけれど、いまいち足に踏ん張りがきかない状態が4か月も続いたことから医者の診断を受けようと思い立った。

 

 

それで、生徒たちに聞いて評判の良い医者に行ってみることにした。

 

 

事前調査でホームページを見てみると、何やらよさげな感じである。

 

 

人柄とか考え方はホームページに出るものだなと思った。

 

 

うちの塾のホームページも見直す必要がある。

 

 

自宅から車で約20分、こういう時にグーグルマップは役に立つ。

 

 

グーグルマップがあればカーナビはいらないのではないだろうか?

 

 

到着して中に入るとそこには既に30人ほどが待合室で診察を待っていた。

 

 

看護師さんがとても感じのいい方で、気持ちよく受付を済ませることができた。

 

 

待つこと90分、ようやく自分の番がやってきた。

 

 

診察をうけると、足のケガによって足の裏の筋肉が弱くなっていることが原因だろうということであった。

 

 

「グー・チョキ・パー体操をやるといいですよ。」

 

 

何でも、足の指を使ってグー・チョキ・パーをつくる運動がいいのだと言う。

 

 

それで、暇さえあれば足の指でグー・チョキ・パーを作っている。

 

 

なんとなく効果がありそうな気配を感じる。

 

公立入試塾内平均点

本年度の公立高校入試の塾内平均点が判明した。

 

 

国語83.3点

数学73.1点

英語80.4点

理科79.0点

社会79.8点

 

合計395.8点

 

 

という結果であった。

 

 

それにしても、入試でベストをこえるとは・・・。

 

 

いずれにしても、入試は終わった。

 

 

これからは高校に進学してからの学習となる。

 

 

こちらは旅行などで遅々として進まないのが問題だ。

本年度公立高校入試結果

公立高校入試の結果が出た。

 

 

山形東  5名

山形西  2名

山形南  6名

山形北  3名

寒河江  4名

 

 

という結果になった。

 

 

残念ながら合格できなかった子もいた。

 

 

しかし、挑戦すれば失敗もある。

 

 

今回は結果を出せなかったが、大学受験で花を咲かせてほしい。

 

 

合格した子たちはおめでとう。

 

 

努力が報われて本当によかった。

 

 

 

成長

中3の実力テストの推移を確認していた。

 

7月   312.5点

8月   358.1点

9月   374.1点

11月 363.4点

12月 368.9点

1月   386.1点

 

夏休みに最大の伸びを示し、その後、紆余曲折あって1月が最もよくなっている。

 

 

最後の実力テストから約2ヵ月経過しているので、もう一段階成長する頃合いではないかと期待を寄せている。