名もなき詩

塾長のひとりごと
Vol.2
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懸命にやれば何かがある、しかし、懸命にやらなければ何もない。

この言葉は僕にとって座右の銘と言ってもいいだろう。

 

 

物事は懸命にやるから光明があるわけで、かんたんに手に入るものは価値の小さなものしかない。

 

 

逆に言えば、価値を大きくするのも小さくするのも自分次第と言うことができるのではなかろうか。

 

 

合宿所を予約したいと思った時のことだ。

 

 

詳しくは話せないが、予約できないという事態に陥った。

 

 

いろいろ粘ったがどうしても駄目だった。

 

 

普通ならそこで諦めるだろう。

 

 

しかし、僕は最後の期待をかけてある人に事情を話してみた。

 

 

正直言うと僕自身諦めかけていた。

 

 

すると、どうだろう。

 

 

希望通りの日程で、かつ、希望通りの部屋数を予約できるよう、その人が骨を折って下さったのだ。

 

 

思いがけない僥倖に感謝する以外なかった。

 

 

僕は「有難い」と思うと同時に、「世の中は不思議だ」と思わずにはいられなかった。

 

 

袋小路に追い詰められ、打開策が見つからなくて困っていたとき、それでも何とかしようともがいていると、どこからともなく救いの手が現れることがある。

 

 

そういうことがあるのなら、懸命に努力する価値はある。

 

 

しかし、いつもそういうことが起こるわけではない。

 

 

だから、そういう奇跡のようなことが起こることを期待することはできない。

 

 

しかし、やらなければ何も帰ることはできない。

 

 

だから、闘うべきだ。

 

 

闘わなければ、何も得られない。

自分を超える

今までの自分を超えるためには、何らかの考え方の変化が必要だ。

 

 

それは、一つには「目標」が挙げられる。

 

 

「目標」のある努力と、「目標」のない努力はやはり違う。

 

 

同じように「目標」の高さによっても努力量は変化する。

 

 

また、「反省」も挙げられる。

 

 

今までの自分を振り返って、ダメな自分、弱い自分を変えたいと思うことは大きな変化を与える。

 

 

さらには、「競争心」も挙げられる。

 

 

「負けたくない」と思う心は、強い力となって自分を高めるバネとなる。

 

 

こう考えていくと、自分を超えるためには、「現状維持」ではいけないということになってくる。

 

 

日々の鍛錬は怠ってはならない必要なことだが、それだけに落ち着いてしまっていては現状の力を守るだけになってしまう。

 

 

常に、自分に何が足りないのかを考え、創意工夫をして、時間を作る努力、自分を磨く努力をしていかねばならないということになる。

 

卒塾生に会う
うどん屋でランチを食べていたら、偶然、卒塾生に会った。


同年代の子たちは仲がよかったので、みんなどうしているのか聞いてみた。


銀行員

警察官

警察官

大学院

アナウンサー

教職員


その子が銀行員で、みんな頑張ってるんだなとうれしくなった。
逃げ道

これは僕の主観でしかないのだが・・・。

 

 

部活動を引退した後も、野球やサッカーやピアノなどの習い事を続ける子がいる。

 

 

その場合、一般的には成績が上がりにくいと思う。

 

 

例え週1回というわずかな回数であろうともである。

 

 

そして、やめると伸びていく。

 

 

この原因は何なのかと推測すると、精神的に勉強から逃げているからではないだろうか。

 

 

部活動引退後も、野球やサッカーやピアノを続けるのは、それだけ好きだからである。

 

 

そして、その場合、勉強は嫌なもの、仕方のないものと捉えられていることが多い。

 

 

つまり、受験するから仕方なく勉強するのであって、つまらない勉強を我慢して行い、その精神的はけ口として野球やサッカーやピアノを続けるということである。

 

 

そして、その場合、勉強に気持ちは入らない。

 

 

ただ時間を費やしているだけで、心は別のところにある。

 

 

そして、それらをやめると勉強オンリーになる。

 

 

つまらない勉強を日々続けていくことにはきっと虚しさを感じるだろう。

 

 

そうすると、いかに、つまらない勉強を楽しくするかを考えなければやっていけなくなる。

 

 

その時初めて、勉強することそのものに興味や関心が生まれ、気持ちの入った勉強をすることができようになる。

 

 

だから、僕は部活引退後も活動を続けることには賛成できないのである。

オーガナイザー

オーガナイザーとは「動物の発生で二次胚を誘導する働きのある卵の領域」のことであり、形成体ともいう。

 

 

僕は、塾生同士がお互いに刺激しあって高みを目指す塾をつくりたい。

 

 

ある生徒の努力がオーガナイザーとなって別の生徒の努力につながるといったイメージだ。

 

 

そして、全員の努力が熱となって新しい生徒たちに伝わるような、そんな熱い塾でありたい。

集う力

最近、塾生の紹介で体験にくる子が多い。

 

 

というのも、夏期講習の合宿がうまくいったからだと思う。

 

 

夏期講習後のクラスの雰囲気が見違えるように変わった。

 

 

学校毎の壁がなくなり、休憩時間は学校のみならず男女間でもランダムに話しかけるようになった。

 

 

同時に仲間意識のような芽生えも感じられる。

 

 

それにつれて、生徒たちが友達を連れてきてくれる。

 

 

本当にありがたいことである。

新人戦は勉強との両立の試金石

9月は新人戦がある。

 

 

そのため、大会に向けての練習が増え、運動部の生徒たちの意識は部活一辺倒になりやすい。

 

 

しかし、僕はそのことに異を唱えたい。

 

 

部活一辺倒になりやすいこの時期だからこそ、周りに流されないように勉強時間も確保すべきである。

 

 

例えば、学校の休憩時間。

 

 

疲れてここを休憩している子が多いと思うのだが、部活の疲れは睡眠でこそ取るべきであり、睡眠でも取れない疲れは思い切って部活を休むことも考えるべきである。

 

 

睡眠ですら取れない疲れを抱えているようでは、けがをしてしまいかねない状態にあるということを示唆していると思う。

 

 

だから、学校の休憩時間こそ勉強時間を補える貴重な時間であるべきだ。

 

 

運動部、特に強い運動部に所属している子ほど辛いだろうが、ここを乗り越えずして、中体連や高体連を乗り越えられるはずがない。

 

 

部活に負けず、部活と勉強の両立を果たすことが、今後の学習に大きな糧となることは疑いようがない。

 

 

塾生の健闘を祈る。

 

楽しみ、好きになることが何よりも大事

プロのピアニストを調査した心理学者のベンジャミン・ブルームによれば、成功したピアニストたちには共通点があるのだという。

 

 

それは、最初に指導を受けたピアノ講師がピアノの面白さを教えてくれたのだという。

 

 

これは、勉強も同じではないだろうか?

 

 

つまり、才能だけで努力しなければ成績は向上しないが、努力するためには、なによりもまず「学ぶ喜び」を知ることが大切だということである。

 

 

一旦、「学ぶ喜び」を知ってしまえば、いくらでも努力できる気がする。

 

 

そのためには、何が必要なのだろう?

 

 

僕はその一つを「目標の具体化」と考える。

 

 

例えば、大学に行きたいと思っていても、そのために具体的にどうしたらいいかということはもやもやしている。

 

 

大学といっても幅広いし、国立大なのか私立大なのかによっても違うし、文系なのか理系なのかによっても違う。

 

 

だから、大学に行きたいといっても、その目標では抽象的なのである。

 

 

そこで、先輩と面接をするという行為が効果的になる。

 

 

実際に、大学に通っている先輩たちが、「大学とはどんなところで、何ができるのか、どこが特徴的なのか」を生の言葉で話してくれると、中高生たちには非常に効果的であると思われる。

 

 

夏期講習を通じて、手伝いに来てくれた卒塾生たちに何人かの通塾生と面接をしてもらったが、概ね好評で「やる気が出た」と言ってくれた。

 

 

面接を通じて、それらの先輩たちの後を追いかけようとでも考えてくれれば幸いである。

 

 

なぜなら、夏期講習に来てくれた先輩たちは、大阪大、慶應大、東北大などの難関大に合格した子たちばかりだからである。

 

 

目標が具体化されると、どのように行動すればよいかが具体化される。

 

 

そのことを通じて、年間の目標や、月間の目標や、1日の目標が決定される。

 

 

むろん、具体化された量と質が自分にマッチしていない可能性もあるだろう。

 

 

しかし、それは修正を加えていけばいい。

 

 

僕がここで提起したいのは、目標を具体化することによって、自分の行為、すなわち、学ぶことが目標達成への歩みとなり、自分の喜びに変換されるのではないかということである。

 

 

これは1つの仮説だが、そのために必要だと思うことは何でもやってみたい。

Gくんの言葉

京都大学大学院に通っているGくんが、夏期講習に顔を出してくれた。

 

 

個性的なキャラと過激トークで、塾生たちには大人気の彼である。

 

 

その彼が塾生たちの前で熱く語ってくれた。

 

 

長くなるので省くが、概ね以下のようなことである。

 

 

”活引退後に頑張って成績が伸びるのなら、最初っから頑張ればもっと凄いところいける。

 

 

1・2年の頃、「わからない」と感じたら、それを意識しながら勉強していくとよい。「わからない」からあきらめるのではなく、この部分がわからないと思ったら、その部分を印でもつけておき、後で時間のある時に理解するように努める。「わからない」で投げ出しておくと、後で勉強するときに全て勉強しなおさなければならない。それは時間の無駄である。

 

 

B膤惻験で努力をしておくと就活が楽になる。大学受験で楽をしてしまうと就活が困難になる。僕は大学受験で頑張ったので、就活は楽だった。

 

 

彼は生来の毒舌家であり、かつ、ストレートな物言いをする人なので、聞く人によっては言葉づかいが粗雑と感じる人もいるだろうが、歯に衣着せぬ物言いは小気味よく、生徒たちの心をひきつけたようである。

 

 

※追伸 Gくん彼女を塾に連れてきてくれました。このことを知らない卒塾生も多いと思うのでご報告しておきます。実家に連れていく予定とのこと。彼女は任天堂でマリオを製作している人らしいです。

 

精神的な力

成績がよいというのは、地頭がよいと思われがちだが、実際は精神的な部分が大きいのではないかと思う。

 

 

例えば、難しい問題に出会ったとき、それをスルーする子もいれば、積極的にトライする子もいる。

 

 

当然、積極的にトライする子が力をつけるのは明白だ。

 

 

そればかりではない。

 

 

苦手な部分を繰り返し反復する子もいれば、めんどくさがって繰り返さない子もいる。

 

 

当然、前者はよくなり、後者は進歩しないだろう。

 

 

このように、成績をよくするために必要なことを厭わない精神的な力というものを鍛えていく必要があると思う。

 

 

この精神的な力というのは、自分の欲求と無関係ではなく、楽ではなく快楽を求める気持ちが強いものほど精神的な力は大きいように思われる。